外国人採用において、内定を出した後に「在留資格(ビザ)が不許可になった」「入国が予定より大幅に遅れている」といった予期せぬ事態に直面することがあります。
このような場合、企業として「内定取り消し」を検討せざるを得ませんが、安易な判断は非常に危険です。
日本法において内定は「始期付解約権留保付労働契約」とみなされ、日本人・外国人を問わず、取り消しには解雇と同等の厳しい正当性が求められます。
特に外国人の場合、個人の生活基盤が日本への移住を前提に動いているため、不当な内定取り消しは高額な損害賠償請求やSNSでの炎上、さらには「外国人雇用に不適切な企業」としての行政指導を招くリスクがあります。本記事では、内定取り消しに関する法的ルール、外国人特有の「ビザ不許可」をどう扱うべきか、実際にトラブルに発展した事例、そしてリスクを最小化するための契約実務まで、4,000文字を超える圧倒的な情報量で徹底解説します。2026年現在の最新実務をアップデートし、貴社の採用コンプライアンスを強化しましょう。
- 1. 日本における「内定取り消し」の法的定義と成立時期
- 2. 外国人採用特有のハードル:在留資格(ビザ)と内定の関係
- 3. 内定取り消しが「有効」と認められる客観的な合理的理由
- 4. 【ケーススタディ】実際にトラブルに発展した不当な内定取り消し事例
- 5. 在留資格が不許可になった場合の内定取り消しは「違法」か?
- 6. 入国制限や手続きの遅延を理由とする取り消しの是非
- 7. 不当な内定取り消しが企業にもたらす3つの致命的ダメージ
- 8. 損害賠償リスクを回避するための「内定通知書」と「労働条件通知書」の書き方
- 9. 内定者フォローとトラブル回避のためのコミュニケーション術
- 10. まとめ:誠実な対応と適切な契約実務が自社と外国人を守る
1. 日本における「内定取り消し」の法的定義と成立時期
まず大前提として理解すべきは、企業が内定を出し、応募者が承諾した時点で、法律上は「労働契約」が成立しているという点です。
日本の最高裁判例では、内定の状態を「始期付解約権留保付労働契約」と呼んでいます。これは、「入社日(始期)が設定されており、かつ特定の合理的な理由がある場合にのみ解約する権利が会社に留保されている契約」という意味です。
この契約が成立するタイミングは、一般的に「企業が内定通知を出し、本人が内定承諾書を提出した時点」です。一旦この契約が成立すると、企業側からの「やっぱり採用をやめる」という意思表示は、通常の「解雇」と同等の扱いになります。労働契約法第16条により、解雇には「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が求められ、これを満たさない取り消しは無効(違法)となります。
2. 外国人採用特有のハードル:在留資格(ビザ)と内定の関係
外国人の場合、日本人にはない「在留資格(ビザ)」という法的な許可が不可欠です。どんなに優秀な人材で、双方が合意していても、入管法に基づく許可が下りなければ日本で働くことはできません。
実務上、内定の段階ではまだ在留資格の申請中、あるいは申請前であることが多いため、企業は「就労可能な在留資格の取得」を条件とした内定を出します。しかし、この「条件」を契約書や通知書に明記していない場合、「ビザが取れなかったから不採用にする」という行為が、契約違反として訴えられるリスクを生みます。
外国人雇用においては、内定=即確定ではなく、「法的な就労許可の取得を前提とした契約である」という認識を双方が書面で共有することが極めて重要です。
3. 内定取り消しが「有効」と認められる客観的な合理的理由
内定契約が成立していても、特定の理由があれば取り消しは適法となります。過去の判例(大日本印刷事件など)で示された基準によると、以下の4点に該当する場合、取り消しの正当性が認められやすいとされています。
【内定取り消しが適法とされるケース】
- 履歴書の重要な虚偽記載:学歴、職歴、犯罪歴など、採用判断の根幹に関わる事実に嘘があった場合。
- 卒業の失敗:「〇月に卒業すること」を前提とした採用で、単位不足等により卒業できなかった場合。
- 健康状態の著しい悪化:業務の遂行が困難、あるいは継続的な勤務が不可能と診断された場合。
- 整理解雇の必要性:内定時には予測できなかった急激な業績悪化により、会社の存続のためにどうしても採用を抑制せざるを得ない場合(経営上の理由)。
外国人の場合、ここに「在留資格の不許可」が含まれるかが焦点となりますが、これは「企業側が適切なサポートを行ったか」「本人に帰責事由があるか」によって判断が分かれます。
4. 【ケーススタディ】実際にトラブルに発展した不当な内定取り消し事例
外国人雇用現場で実際に起きた、企業の誤った判断によるトラブル事例を紹介します。
事例①:「日本語能力が期待より低い」という理由での取り消し
面接は英語と簡単な日本語で行い内定を出したが、入社直前のやり取りで「思っていたより日本語が話せない」と感じ、内定を取り消したケース。これは違法となる可能性が高いです。
面接で確認できたはずの能力を入社直前に指摘することは、企業の確認不足とみなされ、客観的な合理性を欠くと判断されます。
事例②:配属予定部署のプロジェクト中止による取り消し
特定のプロジェクトのために外国人を採用したが、社内の事情でプロジェクトが中止になったため取り消したケース。企業には他の部署で雇用を継続する努力(配転の検討など)が求められます。単に「仕事がなくなったから」という理由だけでは、内定取り消しは認められにくく、損害賠償の対象となります。
事例③:SNSでの不適切な発言が発覚したケース
内定者のSNSを調査したところ、過去に特定の政治的団体への過激な支持や、誹謗中傷を行っていたことが判明したケース。この場合、その発言内容が「企業の秩序を著しく乱す」あるいは「業務遂行に支障が出る」と具体的に立証できれば有効となる可能性がありますが、判断は極めて慎重に行う必要があります。
5. 在留資格が不許可になった場合の内定取り消しは「違法」か?
外国人採用において最も多い相談が「ビザ不許可時の内定取り消し」です。
結論から言えば、「適切な手続きを行った結果として不許可になった場合」は、正当な理由として認められるのが一般的です。
5-1. 契約上の「停止条件」としてのビザ取得
実務上、内定通知書に「在留資格の取得が認められない場合は、本契約は失効する」という趣旨の記載があれば、不許可になった時点で契約は自動的に消滅、あるいは解除が可能となります。
これを「停止条件付契約」と呼び、この条件が満たされない(ビザが取れない)限り、労働契約の効力が発生しないという構成をとります。
5-2. 企業側の落ち度がある場合
ただし、不許可の理由が「企業側の準備書類に虚偽があった」「職務内容と本人の経歴が明らかに合致していないのに無理に申請した」など、企業側に重過失がある場合は、労働契約上の義務違反として本人から賠償を求められる可能性があります。
「ビザは本人と入管の問題」と切り離さず、企業の責任範囲を自覚することが重要です。
6. 入国制限や手続きの遅延を理由とする取り消しの是非
感染症の流行や国際情勢、あるいは入管審査の長期化により、当初予定していた入社日に間に合わないことがあります。
この「遅延」のみを理由とした取り消しは、非常にハードルが高いです。
例えば、入社が3ヶ月遅れることで「代替人員をどうしても確保しなければならず、経営に重大な支障が出る」といった切迫した事情があれば検討の余地がありますが、単に「予定が狂って面倒になった」といった理由では認められません。
まずは「入社日の繰り下げ」を提案し、可能な限り雇用を維持する姿勢を見せることが、法的リスクを回避する王道です。
7. 不当な内定取り消しが企業にもたらす3つの致命的ダメージ
一度「不当な内定取り消し」を行ってしまうと、その代償は単なる給与数ヶ月分では済みません。
- 損害賠償金の支払い:本人が来日のために退職した前職の給与、引っ越し費用、航空券代、そして精神的苦痛への慰謝料。これらが合計で数百万円にのぼることも珍しくありません。
- 行政による公表(社名のブラックリスト化):厚生労働省は、不当な内定取り消しを行った企業の名称を公表する制度を持っています。これにより「ブラック企業」としてのレッテルが貼られます。
- リクルーティング能力の喪失:海外のコミュニティは非常に結束が強く、特定の企業が不当な取り消しを行った情報は瞬時に母国へ広がります。将来的にその国から人材を確保することが極めて困難になります。
8. 損害賠償リスクを回避するための「内定通知書」と「労働条件通知書」の書き方
トラブルを未然に防ぐ唯一の手段は、契約書面の「条件」を明確にすることです。以下の文言が含まれているか、自社のフォーマットを確認してください。
【書面に入れておくべき重要条項】
- 在留資格の取得条件:「本採用内定は、貴殿が入社予定日までに、日本国内で就労可能な適法な在留資格を取得・更新できることを条件とします。取得できなかった場合、本内定は遡って失効するものとします。」
- 提出書類の真実性:「提出された履歴書、職務経歴書、証明書等に虚偽の記載があった場合、内定を取り消すことがあります。」
- 入社日の変更可能性:「在留資格審査の状況により入社日が前後する場合がある」旨の合意。
これらの条項があることで、万が一ビザが不許可になった際も、法的根拠を持って「契約の失効」を説明できるようになります。
9. 内定者フォローとトラブル回避のためのコミュニケーション術
法的書類だけでなく、「心理的なケア」も重要です。内定取り消しが争いになるケースの多くは、企業側の説明不足や一方的な通知が原因です。
在留資格の申請中は、進捗をこまめに共有(例:追加資料の提出があったことなど)し、万が一不許可の可能性が出てきた場合には、早めに「状況が厳しいこと」を相談ベースで伝えます。本人が納得した上での辞退、あるいは合意解約であれば、裁判沙汰になるリスクを劇的に下げることができます。
10. まとめ:誠実な対応と適切な契約実務が自社と外国人を守る
外国人採用における内定取り消しは、日本人採用以上に慎重な判断が求められます。
「ビザが取れない=仕方ない」という図式は、契約書に明記して初めて法的な効力を持ちます。
また、それ以外の理由(業績悪化や能力不足など)による取り消しは、原則として「解雇」と同等の極めて高いハードルがあることを忘れてはいけません。
適切な契約書面の作成、こまめな内定者フォロー、そして法令に基づいた誠実な対応。
これらを積み重ねることで、企業は法的リスクを回避し、外国人材から選ばれる「信頼できる企業」としての地位を確立できます。もし判断に迷うような事態が発生した場合は、独断で通知せず、入管業務や労務に詳しい弁護士や行政書士に相談することをお勧めします。
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